自決求めるモンゴルの叫び
中国という巨大国家の闇を覗(のぞ)くに
は、実に多角的なアングルが必要である。この国家の特徴的な一面はその残虐性であり、それを知るには、何よりも帝国の支配下におかれたモンゴル、チベッ
ト、ウイグルなど少数民族の血を吐くような声に耳を傾ける必要がある。『墓標なき草原』以来、この著者が書き綴(つづ)ったいくつもの著作を私は読んでき
た。
本書は、中国支配下のモンゴルで起こった、日本人には信じ難い規模でのジェノサイドを、その惨劇から奇跡的に生き延びてなお存命の人々との濃密なインタビューを通じて描き出した秀作である。読み通すのがつらくなるほどのリアルな記述に満ちている。
しかし、本書の目的は惨劇の描写それ自体ではない。むしろ、中国の圧制に抗しつづけたモンゴル民族主義者の、一方では雄々しく、他方では切ないまでに鬱屈(うっくつ)した心情を記述することにある。
モンゴルの民族主義的な戦闘集団の先陣は、日本陸軍が満洲国で創立した興安軍官学校の卒業生たち、日本刀を自在に操る勇猛果敢なモンゴルの「サムライ」である。その秀才の一人で日本陸軍士官学校に留学、三笠宮殿下とも親交のあったドグルジャブを主人公に、その苛烈な人生を追いながら物語の全編が紡がれる。
民族自決権を付与するとの共産党の甘言に乗せられ、中国人民解放軍内モンゴル軍区の騎兵として同じ少数民族であるチベット族への侵攻の先兵に仕立てられ、中国による凄惨なチベット支配に加担させられてしまったことへの、今に生き存(ながら)える元騎兵隊兵士の慙愧(ざんき)の思いを本書は切々と伝える。結局は、モンゴルもチベットもウイグルも、刃(やいば)を抜き取られて民族自決は遥(はる)かなるものとなってしまった。
本書の最後で著者は「本書を書いている間、私はずっと一種の昂揚(こうよう)感に包まれていた。興奮状態だった」と記す。そうにちがいない。モンゴル騎兵の精神を探る旅に出て気づかされた、自決を求めてなお衰えることのないモンゴル人の熱い魂を描写しようというのだから。著者の昂揚感は私にも深々と伝わる。(文芸春秋・1850円+税)
http://www.sankei.com/life/news/141130/lif1411300021-n1.html