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モンゴル伝統医療を実践していた夫婦が逮捕

南モンゴル人権情報センター(SMHRIC)
2005623日 ニューヨーク

 

著名なモンゴル伝統医で精神科医のナゴーンビリグ氏が、200567日夜、同氏のアシスタントとして勤務していた妻ダゴーラーとともにフフホト市の内モンゴル・アズタイ・シニア保健センターで逮捕された。罪状は当局のいう「モンゴル版法輪功」の実践で、当局から「有害なカルト集団、非合法集会の温床」とみなされていた。彼の逮捕にともない同保健センターは強制的に閉鎖された。同氏は、内モンゴル公安局26課で身柄を一時拘束された後、ほとんどの政治犯が刑務所に収監される前に一時拘束される内モンゴル第一勾留センターに妻といっしょに送られた。

ナゴーンビリグ氏(モンゴル人)は、1964年、内モンゴル西部オトグ前旗生まれ。1982年、内モンゴル伝統医科大学入学、1987年卒業後、伝統医学と西洋医学の臨床を経験、モンゴル伝統医学にもとづく独自の自然治癒法を確立した。 2000年、内モンゴル心身保健オトチ研究所を設立。 2002年、内モンゴル・アズタイ・シニア保健センターを立ち上げた。2001年から2002年まで北京大学医学部大学院で応用心理学を研究、モンゴル伝統医となり、中国メンタルヘルス学会、中国医学気功研究所の会員となった。国内外の医学誌に11本の論文を発表、また、5冊の医学研究書も著している。逮捕前には修士号取得のため、内モンゴル医科大学モンゴル伝統医療専攻科で研究を続けていた。

南モンゴル人権情報センターが匿名の目撃者に電話インタビューしたところ、ナゴーンビリグ氏は、修士論文の口頭試問2日目に、3人の私服警察官によって連行された。また、当局の告発を正当化する証拠を発見するため、警官らは試験委員の協力も得て、論文のテーマと無関係の質問を多くしたという。

「警官との不必要なトラブルを避けるため、ナゴーンビリグ先生とアズタイ保健センターのスタッフらは常に低姿勢を心がけるよう私たちに注意しました」と、癌患者であるホーチンフーは語った。彼女は、南モンゴル民主連盟(SMDA)を支援したため、内モンゴル東部の通遼市で公安当局により何度か拘束され、監視されていたことがある。SMDAは、内モンゴルで民主主義と自治を実現するための地下組織で、1995年当局により弾圧された。「ナゴーンビリグ先生はヒーリング講演会のスケジュール時々変更しなければなりませんでした。モンゴル人患者が千人規模で集まった時など特にそうでした」とホーチンフーは語った。

たった1度の手術が年間所得に匹敵する医療サービスにアクセスできない地方の貧しい牧民や都会の給与所得者を含む多数の恵まれないモンゴル人が回復の望みをいだいてナゴーンビリグ氏を訪ねた。チェン・ハイシャンもSMDAのメンバーだった。1995年の弾圧時に6か月間勾留され、政治活動のため失職した。チェンはナゴーンビリグ氏の治療を受けるため、3か月間アズタイ保健センターに入院した。ナゴーンビリグ氏は治療を施し、彼の首を治した。手術をすれば10万元(=約150万円)かかると漢人医師に言われたという。また、著名な政治犯ハダ氏の妻シンナは、ストレスを軽減するため、ナゴーンビリグ氏のヒーリング講演会に参加するためアズタイ保健センターを何度か訪れている。「私は偉大なナゴーンビリグ先生に出会うまで奇跡というものを信じていませんでした」と、以前激しい麻痺に苦しんでいた内モンゴル東部アルホルチン旗の牧民オトゴンツェツェグは語った。「ところが、アズタイ保健センターで奇跡を見たのです」「数日間の治療とヒーリングで私の麻痺は完全に治ったのです。新しい人生をくれた偉大なナゴーンビリグ先生にどうやって感謝したらいいのでしょう」。慢性の脊髄障害により車椅子で来院した別の患者フレルスフはナゴーンビリグ氏の治療で完全に回復し、センターでボランティアとして働くことを決心した。

これらの患者らの話では、アズタイ保健センターが閉鎖される前、センターの通常業務が公安職員によりしばしば邪魔されていたという。スタッフと患者は、当局により定期的に尋問され監視されていた。アズタイ保健センターの前庭に患者のための無料休憩所として建てられた数軒のゲルは「街の景観をそこなう」として市街美化局によってとり壊された。

ナゴーンビリグ氏とアズタイ保健センターに対する当局の主張について、センター元スタッフであるバートルは、当局が自分たちを「有害なカルト集団と非合法集会」「詐欺と嘘で金もうけするモンゴル版法輪功」とよんでいたことを南モンゴル人権情報センターに明らかにした。「私たちは法輪功とは何の関係もありません。私たちが実践していたことは、モンゴル伝統医療と西洋医学にもとづく心身の治療であり、他の方法では治療できない病気を治療することなのです。私たちが詐欺を働いたことは一度もありません。患者は治療のために2時間の講演会に5(75)支払うだけです」とバートルは電話で語った。「フフホト市の他の病院と比べれば、ほとんど無料だと言えるでしょう」。また、バートルは、ナゴーンビリグ氏と妻のダゴーラーが現在内モンゴル第一勾留センターで拘束されており、外部と連絡する権利を奪われていると語った。

内モンゴルにおける政府の少数民族教育政策を見ると、モンゴル人子弟は小学校から母語であるモンゴル語よりも漢語をしっかり勉強するよう奨励される。ナゴーンビリグ氏は地方の貧しい小中学校のモンゴル人子弟50人に奨学金を出していた。「このことは政府が嫌うことなのです。なぜなら、ナゴーンビリグ氏が漢語よりモンゴル語をもっと勉強するよう奨励していたからです。小中学生以外にも、モンゴル関係の専攻の学生も奨学金の対象でした」と、内モンゴル医科大学在籍中にナゴーンビリグ奨学金を受け、現在は日本に留学中の学生が語ってくれた。

「政府がナゴーンビリグ先生と保健センターを厳しく弾圧した本当の理由はこうです。モンゴル人のどんな集会でも政府の強硬な少数民族政策に対する批判につながり、さらにその正当性に対する攻撃につながりかねないため、神経をとがらせているということなのです」と、拘留中の夫に面会に出かける途中のシンナが語った。夫のハダはSMDAを組織したため、現在、内モンゴル東部の赤峰市の内モンゴル第四刑務所で15年の刑期をつとめている。最近おこった別の事件としては、モンゴル国ウランバートルの人気バンドのライブを開催しようと千人規模のモンゴル人学生を集めようとしたところ、当局によって多数の学生が逮捕、拘束、尋問されたことがある。

モンゴルは1635年から1911年の間、中国とチベットとともに満洲に支配されていた。まちがって「内モンゴル」として広く知られる南モンゴルは、1947年共産主義中国により占領された。そのことを除けば、モンゴルのいかなる領土も中国の一部であったことはなかったのである。過去半世紀に南モンゴルのモンゴル人は自治権を奪われただけでなく、基本的人権と自由を否定されてきた。多数の漢人入植者がこの地域に定住し、モンゴル人を自らの土地にもかかわらず絶対少数にした。何十何万ものモンゴル人がモンゴルであるというだけで迫害の対象となっている。

 

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